はるな愛「不安で居場所がなかった子ども時代、人とつながれる安心できる場所があったら…」という思いでこども食堂に注力

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タレント活動や飲食店経営、ブランドプロデュースなど、多方面で活躍するはるな愛さん。ここ最近は自身が経営する飲食店で、「こども食堂」を定期的に開催していることでも注目を集めています。はるなさんが「こども食堂」や「子ども支援」にこだわる理由は、ご自身の子ども時代の経験も大きく影響しているそう。詳しく教えてもらいました。全2回インタビューの前編です。
出演するラジオ番組で、子どもたちの貧困問題と「こども食堂」の話を聞いて、「子どもたちのために何かしたい」という気持ちに
――ご自身が経営する飲食店で、「こども食堂」を開催しているそうですが、「こども食堂」をやってみようと思ったきっかけを教えてください。
はるな愛さん(以下敬称略) きっかけは私がレギュラーで出演するラジオ番組でした。文化放送の「大竹まこと ゴールデンラジオ!」という番組なんですが、ゲストに「こども食堂」の支援をしているNPO法人「むすびえ」代表の湯浅誠さんが出演してくださって。世田谷区の貧困家庭や「こども食堂」の実態なども、詳しく教えてくれました。
私、世田谷区って芸能人がたくさん住んでいるようなイメージがあって、貧困な家庭があるなんて思っていなかったんです。私も世田谷区に住んでいて、世田谷区で飲食店なども経営していて。自分が住んでいる街で、そんな問題があることを初めて知ったので、衝撃的だったんですよね。
それで、ラジオの収録が終わったあと、すぐ、湯浅さんに「私も参加させてください!」と言ったのがきっかけです。すぐに私が経営する飲食店の従業員に電話をかけて、「こども食堂をやりたいんだけれど」と相談しました。
――すぐに行動されたんですね。「こども食堂」を開催するまでに大変だったことはありますか?
はるな はい、すぐ行動しました。でも、従業員から店舗のスタッフたちにも相談してもらうと、「それって、休みの日にやるんですか?」「その分の時給って?」という声があって。私が思っていたのとはちょっと違う反応でした。「子どもたちに提供した食事で、もし、食中毒が起こってしまったら…」とか、ネガティブな意見も出てくるんですよね。「でも、それは、『こども食堂』にかかわらず、お店として食中毒は絶対気をつけないといけないことやから…」って話をして。私はどうしても、スタッフのみんなにも理解してもらって、子どもたちのためにやりたいな…と思っていたので、「挙げ始めたら不安要素は出てくるけれど、まずは1度やってみない?」と提案して、挑戦してみることになりました。
それで、当時、世田谷区の三軒茶屋にあったお好み焼き屋「大三」で、近くの養護施設の子どもたちを迎え入れて、「こども食堂」を開催してみたんです。20人くらいの子どもたちが来てくれて、お好み焼きを提供し、食べてもらいました。その日、私は仕事の都合で参加できず、開催後にスタッフたちに様子を聞いたんですが、「子どもたちが喜んでくれて、やってよかった。またやらないと!」と、みんなの気持ちも変わっていて。
さらに、後日、「こども食堂」に来てくれた子どもたちからお手紙も届いたんです。「おいしかったです」「大阪のお好み焼きを初めて食べました!」と喜んでくれていて。
そのお手紙を見たときに、スタッフたちみんなが、「これは続けないといけないですね」と言っていて、みんなも同じ気持ちになってくれた~!とうれしくなりました。